ココ・シャネルの波瀾万丈な人生を解説していたら、このコラムだけでは足りなくなってしまうので割愛します。
ただ、孤児院や修道院で育ち、歌手を夢見るお針子が20世紀を代表するファッション・デザイナーになるまでの道程がけっして平坦ではなかったことは容易に想像がつくでしょう。
シャネルの教養の素地を作ったのはイギリス軍大尉であり青年実業家でもあったアーサー・エドワード・カペルです。
彼は愛人であるシャネルに教養を与えるため、自分で選んだ詩や哲学の本などをシャネルに勧め、それがファッションに大きな影響を与えたとされています。
カペルはシャネルがファッション界で注目され始める前、36歳の時に交通事故で死亡しますが、シャネルはその後、イギリスのヒュー・グローヴナー公爵、アメリカのイラストレーターであるポール・イリブ、さらに第二次大戦中はフランスを占領したナチス・ドイツのヴァルター・シェレンベルク親衛隊少将とも交際しました。
シャネルは晩年、パリのホテル・リッツに住まいを構え、コレクションの準備中に亡くなりましたが、その遺言には墓石の回りに白い花を植えること、という一文がありました。
この白い花こそ、シャネルに教養を与えたカペルが好んでいた花なのです。
恋多き女性と思えますが、生涯、愛した男性が誰であるかお分かりでしょう。