1995年、ドジャース7年ぶりの地区優勝に貢献したマイナー契約の野茂英雄選手は翌年より3年430万ドルで契約を延長しました。
じつは野茂選手、1994年は近鉄との交渉が難航しましたが、その時はマスコミが契約金の釣り上げと騒ぎ、野茂選手が任意引退扱いとなってメジャーリーグに挑戦すると分かった時は、散々、否定的な意見、つまりメジャーリーグなんかで通用するものか、的な批評を繰り返すだけでなく日本のプロ野球の規約破りなどと思いっきり叩いていました。
もちろん、野茂選手はそんな風評に一切、反論することはありませんでしたが。
「自分が抱いていたメジャーリーグ挑戦に対して、それがただの絵空事だなんて否定的に思ったことは一度もありません」
声高に夢、なんて言葉を使わず、しかもそれを実現した、などと言わないとことが野茂選手らしいところです。
ドジャースで活躍した野茂選手に触発されて、数々の選手が日本からメジャーリーグに挑戦していきました。
野茂選手の活躍がなくても日本人選手はやがてメジャーで活躍したことは間違いありませんが、しかし、そのきっかけが野茂選手であったことは間違いありません。
最近の野茂選手、たまにTVに出ても相変わらず仏頂面で寡黙ですが、相変わらず当時を知っているファンからは熱い歓迎を受けています。